高齢期、いかに生きるべきか

先日、厚生労働省が発表した2002年の平均寿命によれば、男性は78・3歳、女性は85・2歳と、それぞれ過去最高を更新しました。50歳時点の平均余命を見ても、男性は30・4歳、女性は36・6歳と、いずれもまだ30年以上の人生が残っています。長く延びた高齢期をどのように生きていくのかというのは、高齢社会における私達の大きな課題です。

 

6月に日本で公開された映画『アバウト・シュミット』(アレクサンダー・ペイン監督)は、最近のアメリカ映画としては珍しくシリアスな内容のもので、定年後の男性の生き方をペーソスとユーモアを交えて描き、話題を集めました。

映画は、主人公のシュミット氏(ジャック・ニコルソン)が長年勤めた保険会社を定年退職する日のシーンから始まります。退職パーティの席で、親友から「人生で本当に意味があるのは、生涯をかけてなにかを成し遂げることだ」という言葉を送られます。彼は66歳、フォードのような大富豪にはなれなかったけれど、保険会社の部長代理として、42年間連れ添った妻の夫として、1人の娘の父として、意義ある人生を送ったと思っていました。

しかし、退職後、自分を頼りにしているだろうと訪れた会社では、後任の若者から軽くあしらわれてしまいます。妻には突然死され、急に妻への愛に目覚めますが、遺品の中から妻が若い頃親友と不倫をしていたことがわかり、妻の裏切りに打ちひしがれます。目の中にいれても痛くなかった最愛の娘は、ろくでもない男と結婚するといって、彼の言うことを聞きません。結婚を思い止まらせようと、思い切って大型キャンピングカー(退職後、この車で全米を旅行しようと妻が買ったものでした)を駆って、娘が住むデンバーに向かいます。しかし、娘の気持ちは固く、結婚式では意に反して祝福の挨拶をせざるを得ませんでした。主人公は、頼りにしていた会社、妻、娘から拒絶されてしまったのです。やりきれないけれどもどうすることもできない姿や表情を、主人公と同年齢のジャック・ニコルソンが見事に演じていました。

最後に、彼の心に希望の火をともしたのが、チャリティ制度によるアフリカの子どもからの手紙と絵でした。この子のために、自分にできることがまだあると実感したのでした。

 

この映画を見て、真っ先に思い浮かべたのが、黒澤明監督の名作『生きる』です。主人公は、市民課長の渡辺勘治氏(志村喬)。市役所で30年間、「怠けず・休まず・働かず」を地でいったような人生を送ってきた人ですが、53歳のある日、胃がんのために余命いくばくもないことを自覚します。どうしたらよいのかと煩悶します。既に妻とは死別し、男手ひとつで育てた息子は、彼の気持ちを理解しようとはしません。「何かしたい。ところがそれがわからない。教えてくれ」と、親しくなった若い女性にすがっても、答えは出ません。しかし、絶望の果てに、「いや遅くない。やればできる。やる気になればわしでもできる。」と勇をふるって取り組んだのが、それまで、役所内でたらい回しになっていた陳情の解決でした。公園課や下水道課、総務課、助役など役所の関係者を粘り強く説き伏せて、地域の婦人会が熱望していた暗渠の修理・埋め立てと児童公園の建設をすることができました。初めて満足できる仕事ができたとき、主人公は、雪の降る深夜、公園のブランコに乗って、「いのち短し 恋せよおとめ」と『ゴンドラの唄』をくちずさみながら亡くなりました。

 

『アバウト・シュミット』のペイン監督は、黒澤明の大ファンで、脚本を執筆するにあたって『生きる』を参考にしたそうです。両者の自分の人生を見つめ直し、葛藤の上でたどりついた希望や意欲あるいは澄んだ諦観が、高齢期の人生の拠り所になるという、ことを教えてくれる映画です。

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