こくほ随想

「年金の正確な知識と理解を」

国民年金の未納・未加入が大きな社会問題となり、年金が争点になった参議院選挙がこのほど終わった。年金をはじめ、医療、介護などの社会保障政策が選挙の争点になることは、今後、増えこそすれ、減ることはないだろう。せっかく集まった世間の関心を生かして、今後の本格的な議論が待たれるが、その前提条件として必要なのが制度に対する正確な知識と理解だ。制度を批判するにしても、制度に賛成するにしても、まずその前提条件が欠かせない。その点、制度理解を進めるための「年金教育」がもっと普及されてよい。

 

現在行われている年金教育は、中学校や高校の社会科や公民科などの時間を使って、「年金広報専門員」または学校の教師などが、生徒に年金とは何かを教えるものだ。年金広報専門員とは、年金教育推進のために一九九四年度から社会保険庁が設けたもので、現在は全国に約130人いる。

 

ある中学校で、年金広報専門員によって行われた授業を見せてもらった。まず、クイズで生徒の現在の年金理解度を確かめている。

〈質問〉20歳以上の日本に住んでいる人が全員加入しなければならない年金は、次のうちのどれですか。

〈選択〉〈1〉個人年金〈2〉厚生年金〈3〉共済年金〈4〉国民年金

〈質問〉国民年金の保険料は月いくらですか。

〈選択〉〈1〉13300円〈2〉33300円〈3〉46208円〈4〉66208円

 

回答は最初が〈4〉、次が〈1〉。生徒の理解度に合わせ、ビデオやテキストなどの教材も使いながら、年金の基礎知識を学んでいく。

 

年金制度の歴史や、財源、世代間の支えあいの仕組み、世代ごとに異なる保険料負担と年金給付の話なども50分の授業には含まれていた。これを聞いておけば、一通りの知識が得られ、今すぐには役に立たなくても、保険料負担が始まる20歳になった時には、「ああ、そういうことだったのか」と実感できよう。

 

また、特に授業で強調されていたのは、年金は若者にも関係するという点だ。年金というと、老齢年金のイメージが強いが、障害、遺族年金もあり、これらの受給は65歳前に始まるケースも多い。交通事故に遭ったものの、国民年金を納めていなかったために障害年金を受け取れなかった若者の話などは、生徒たちに、かなり身近に受け止められたようだ。

 

ただし、2003年度に全国の中学校と高校で行われた年金教育の実施率(全校に対する実施校の割合)は19%で、まだまだ少ないのが実情だ。年金教育を推進するために、昨年からは各都道府県に協議会が設けられ、社会保険事務局と教育委員会の関係者らが授業開催の態勢づくりを始めているというが、なぜ普及が進まないかの理由として、ある年金広報専門員の次のような言葉が印象に残った。

 

「学校から、『協力したいが、受験に出ないものは勘弁して欲しい』と言われてしまう」確かに、現実的にはそうなのかもしれないが、年金制度は、大人になり、社会に出て必要な知識であることはいうまでもない。そうしたものを教えることこそ、学校教育に求められているといえるだろう。

 

先ごろ、ドイツに取材に行った際にも、年金保険者の職員から、「我々も、学生たちに年金教育をしている。制度を正しく理解してもらうことは、制度の運営にとって非常に大事」という言葉を聞いた。少子高齢化により、負担増・給付減という、日本と同じ状況にあるドイツでも、同じような必要性を感じているのだと意を強くした。

 

年金は、自分の人生設計ばかりか、他人との関係性を考える点でも、非常に優れた面白い“教材”だ。せめて中学か高校で、年金について興味・関心が深められるような面白い授業が行われていれば、その“遺産”は、生徒たちが大人になった時に生かされるし、国会での議論も、もっと深みを増すだろう。

←前のページへ戻る Page Top▲