こくほ随想

「高齢者が安心して住める社会に」

家庭内での高齢者虐待に関する国の初の全国調査結果が、先ごろまとまった。それによると、虐待を受けている高齢者の約8割が女性で、平均年齢は81.6歳。一方、虐待を加えている家族で最も多かったのは「息子」で、以下、「息子の配偶者」「娘」の順。虐待している家族らの年齢は40歳代から64歳までが最も多く、男女は半々だった。

 

虐待の種類で最も多かったのは、どなる、無視するなどの「心理的虐待」で64%(複数回答)。次いで、水や食事を与えないなどの「介護・世話の放棄・放任」が52%。さらに、殴る、けるなどの「身体的虐待」が50%、財産を無断で使うなどの「経済的虐待」が22%、「性的虐待」が1%と続く。深刻なのは、これらの中で「生命にかかわる危険な状態」にまで立ち至った事例が10%を占めていたことだ。

 

虐待が起きる要因としては、人間関係に起因するものが目立つが、「虐待者の介護疲れ」「排泄介助の困難さ」など、介護負担が虐待行為と深く結びついていることがうかがえる。

 

調査ではまた、自治体の対応も調べていて、全国約三千二百の市区町村のうち、高齢者虐待の「相談窓口を設置」している自治体は155、「緊急対応型ショートステイ」を行っている自治体は80、「事業者への研修会・勉強会を開催」している自治体は43。「虐待対応のネットワーク化」を進めている自治体は16(いずれも複数回答)だった。

 

ここで思い出すのが、以前、訪れたことのあるアメリカでの取り組みだ。

 

アメリカでは、1960年代は「児童虐待」、70年代は「配偶者虐待」、80年代は「高齢者虐待」が社会問題化した時代だといわれ、連邦レベルでは80年代に高齢者虐待に関する条項が連邦法に盛り込まれ、州レベルでは、これに先立つ70年代から、独自に虐待防止法を制定するところが増えてきた。高齢者虐待防止法のない日本にとって、虐待防止法の制定、虐待を発見した場合の通報システム、医療・福祉専門職に課された通報義務などの取り組みは参考になる。

 

中でも個人的に「なるほど」と思ったのは、数年前、アメリカ・カリフォルニア州で見た、ある銀行の取り組みだ。高齢者の財産が不正に使われる「経済的虐待」は、銀行が発見の窓口になることが少なくない。そこでこの銀行では、一般行員向けに、ビデオを使ったトレーニングを行っていた。

 

研修ビデオに登場するのは、若い女性ヘルパーに付き添われて窓口にやってきた高齢の女性だ。最近は、毎週のように訪れては大金を引き出していく。おかしいと思った行員はさりげなく本人に使い道を尋ねるが、ヘルパーを信頼しきっている高齢者は、自分では使い道が判然としない。銀行側のやり方は、下手をすれば顧客を怒らせたり、訴えられたりしかねないが、虐待や犯罪を未然に防げれば、顧客の利益になるばかりでなく、「安心できる銀行」とのイメージ作りにも役立つ。ビデオでは、虐待の知識を行員に持たせると同時に、日ごろから顧客の様子を注意深く見守るようアドバイスし、怪しいと思った場合はすぐに上司に伝えるほか、地元の虐待通報機関に相談してみることを勧めていた。

 

また、この銀行では、一般向けのパンフレットも作っていて、クレジット番号や口座番号を安易に人に教えないことや、金銭関係の契約は、たとえ身内の間でも書面に残すことなどを呼びかけていた。

 

こうした取り組みは、アメリカでもごく一部と思われるが、高齢者の生活を守る安全網を築く一つの手だてとして、日本でも自主的な取り組みが広がれば、随分、高齢者の暮らしは安心・安全度が増すと思う。介護保険制度ができて、高齢者の身体的な介護は進んだが、心理的な介護はまだまだ不十分で、虐待を伴うような困難事例の解消には至っていないといわれる。行政、民間ともにネットワークを組み、できるところから安全網を張り巡らしたい。

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