こくほ随想

いのちを守る

「内閣総理大臣として国民の命と暮らしを守る」という言葉が耳に残った。2月29日の安倍総理の記者会見での冒頭発言である。国民の命を守る、ということは厚生労働省の使命であり、医療保険制度の目的でもある。しかし、命を守るということは、単純なことではなく難しいことだとも感じたのだった。

新型コロナウイルスが連日ニュースの中心となり、今やネットでも膨大な情報が流れ、国民の関心は非常に高い。感染が拡大しつつある現在、「命を守る」ために、国も、医療機関も、そして国民1人ひとりもどう対応すべきか、問われている。

新型ウイルスの特徴は徐々に明らかになりつつある。多くの人は軽症で推移するが、一部の人は重症化し、命の危険に直面する人も出てくることが分かってきている。治療薬はまだないが、我が国には感染症のための専門的な病院病床と専門の医師により命を救うための体制が確保されている。長い時間をかけて作りあげられた医療体制のおかげで、国際的に見ても高い保健医療水準が実現されている。この医療サービスを、住民は保険証1枚でどこでも受けることができる。これが、我が国が誇る世界に冠たる国民皆保険制度だ。医療提供体制と医療保険制度は、車の両輪、表裏一体の関係にある。

このような高度な専門的医療体制も、簡単に機能不全に陥ったり、壊れてしまったりすることはあまり認知されていない。大規模災害や新型感染症の発生の際に、医療がいかに壊れやすく、守ることが大事なのか気付かされる。

救急車を思い浮かべてほしい。全国どこでも119番通報すれば、直ちに救急車が来てくれる。当然と思われるだろうが、例えば、東京では利用者の増加が続き、逼迫した状態になっている。増加のかなりの割合は軽症患者という実態だが、これにより救急車がすぐには手配できないケースが増え、搬送先がみつからず搬送時間は伸び、搬送先の救急部門は疲弊し、救急医の過重労働が問題になっている。

皆が一斉に利用すれば、本当に必要な患者を運ぶことすら難しくなる。そのため、大規模事故や災害などの場合は、トリアージという優先度判定が行われる。救急車の出動、搬送先の病院の選定、救急医療機関における治療の選択などにこのトリアージが行われるが、これは救える命を救うために必要不可欠なことなのである。

医療に対して、国民の側にはとにかく病院に行けば安心で、何でも手当てし、治してもらえるという期待がある。しかし、利用増で出動や搬送業務に支障が出る救急車の事例以上に患者が殺到すれば機能不全に陥りやすいのが医療であり、とてもデリケートな存在だという言い方もできる。

特に感染症は難しい。一般病院では、待合室で他の患者が感染する可能性や、医療スタッフが感染する可能性もある。病床も専門の病床が必要で、しかも専門病床の数は大病院でも決して多くない。クルーズ船での集団感染のように大人数の受け入れが必要になれば、多くの病院で分散して受け入れざるを得ないのが現状だ。真に専門的病床で治療すべき人を見つけて、集中的に治療し、ケアする。それが「救える命を救う」ことの意味だ。

皆保険制度は「いつでもどこでも誰でも」診てもらえる仕組みを目指してきた。しかし、真に救える命を守るためには、利用者の側の理解と協力も必要になる。

本当に「命を守る」ためには何が必要なのかがすべての人に理解されなければならない。本来保険制度は支え合いの仕組みであり、社会的共通資本としての医療を支え合いの精神で大事に守り継承をしていかなければならない。命を守ることは医療を、保険制度を守ることでもある。これこそが国民健康保険制度の最大の基本理念だと思う。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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