こくほ随想

「人生会議」しよう

最近、厚生労働省のポスターが配布中止に追い込まれた事件が発生した。このポスターは「人生会議」の普及を図ることを目的に作成されたものだが、発表と同時に患者団体などから批判の声が上がり、次の日には都道府県への配布が中止される事態になったのだ。これに対して、作成目的は正しいと支持する声が上がったり、自分ならこういうポスターを作るという独自作品もネットに上がるなど、関係者の間では大きな話題になったが、一方でそういう騒動があったこと自体を知らない人も多い。では、「人生会議」とは何か。

「人生会議」という名称は、厚生労働省の愛称選定委員会によって採用されたまだ新しい名称である。1000件以上の応募の中から選ばれた名称で、率直に言ってとても役所の発想からは出てこない良い名称だと私は思う。この名称が決まる前、この考え方はACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス)というものだった。

厚生労働省においては、もともと、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」というものがあったが、昨年「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」として内容が一新され、公表されている。ここで取り入れられた新しい考え方が ACPだったというわけだ。この内容を広めたいと名称を決め、さらにロゴも決めて次にポスターと動画で普及を、という段階で思わぬ展開になってしまったわけだが、もちろん重要なのはその内容だ。このガイドライン改定で重要なのは、二つの点だと私は思う。

一つは、「医療の決定プロセス」だったのが「医療・ケアの決定プロセス」に変わったことだ。人生の最終段階の医療をどう考えるか、と言った場合に、「医療=治療」と通常考えられているので、どういう治療をするのか、あるいはしないのか、という選択問題として考えられてしまう。医療の考え方はどんどん進んでいて、病気を治すということだけではなく「支える医療」へと転換が進んでいる。そこでは、本人の望みをかなえ、生きがいを支える「医療・ケア」が求められているのであり、話し合うチームも今や医療だけでなくケアの専門職の参加も求められる。

もう一つ大事なのは、話し合うのは、「家族等」ということで、家族だけではないことが明示されたことだ。ACPの大事な点は、「繰り返し話し合う」ことなので、一番身近でたくさん話し合っている人が最も本人の気持ちを理解している場合もある、という実態を踏まえての改定なのだと思う。

このような重要な改定だが、厚生労働省が普及啓発にここまで熱心に取り組むのは理由がある。それは、医療の在り方が変化してきていることだ。「治す医療」から「支える医療」への変革は、治療に専門知識を持つ医師主導の医療から、本人が主体的に望む生活を医師等が支える医療への変革であり、選択の主体が本人に大きく移ってきているのである。

ただ、ポスターで啓発すればいいということではない。人生の最終段階は、皆未経験の経過をたどる。自分の選択の先にどういう未来があるのか、分からなければ選択のしようがない。ところが、医療従事者、ケアの専門家は多くの経過を見てきている。支える医療とは、可能な選択肢を提示し、それによって何が起こるか専門職が説明することによって本人の望み自体を支える医療・ケアなのである。

今回のポスターは、こうした重要性が表現されているとは言い難い。「名称」は少し認知度が上がったが、「内容」の認知度は上がっていないのは残念だ。私も微力ながら普及に努めたいと思っているし、多くの人にもこれを機に「人生会議しよう」と関心を持っていただければ幸いである。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

←前のページへ戻る Page Top▲