こくほ随想

薬から食へ

ここ数年、「薬から食へ」というフレーズを多用している。この言葉に、様々な意味が込められている、と思っているからである。

日本人は本質的に薬が好きなのではないか、と思えるほど日本では投薬量が多い。「薬をもらいに行く」と言って医療機関に行く人も多いし、診察なしでもとにかく薬さえもらえればいいんだ、と医師にいう患者さえいたという。かつては公定価格と実際の購入価格の間の価格差も大きく、医療機関の側でも投薬が収入源になっていた面もあって、我が国の薬剤費比率は、平成元年には32・1%と非常に高い水準にあった。医療費の3分の1近くが薬代だったわけだ。現在は、薬剤費比率、薬価差ともに大きく改善してきているものの、高齢化もあって投与量はまだ大きい。

その投与の実態だが、医療費統計を見る際には注意しなければならないことがある。それは、多くのデータがレセプトをベースに作られていることだ。長い間、患者1人にどれくらいの薬が出されているか、正確な数字はなかった。レセプト1枚1枚には薬の数は記載されているが、患者が複数の医療機関にかかり、さらに複数の薬局に処方箋を持って行った場合など、患者単位でレセプトを抜き出して付き合わせてみる、ということが難しかったからである。それではいけない、ということで、筆者が保険局審議官の時に、一か所の市町村国保、一つの県の後期高齢者医療広域連合に協力いただき、特別な処理能力のある企業にデータの整理をしてもらうことになった。

この結果は、平成27年7月22日の中医協基本問題小委員会に出されているが、衝撃的なものだった。国保のデータでは65歳から74歳までの患者の約1割が10剤以上の薬剤が処方されており、75歳以上の後期高齢者医療制度のデータではその比率は患者の4分の1以上に上がっていた。高齢者医療においては、5剤を超えれば副作用の出現率が高くなると考えられている。高齢になるほど薬剤の代謝機能が低下するため副作用が強く出やすいとされており、その考えからすれば、逆に薬剤が増えるこの実態は看過されるべきではないのだ。

このため保険局サイドでは、投薬量を抑え、投薬量を減らすインセンティブが議論され、医薬局サイドでも高齢者における医薬品の適正使用の検討会が始まった。

このように一定の対策が取られ始めたが、この問題は医療を考える上で、示唆に富むものだと思っている。一つは、多剤投薬(これをポリファーマシーという)が善意の積み重ねとして発生していることである。患者の訴えに一つ一つ対策を講じていくと、いつのまにか投薬数が増えてしまう。最初の薬の影響で出てきた症状に対して、別の薬で対処しようとすると、また別の症状が出て、またそのための薬を出す、ということが現実に起きていた。この処方の積み重ねを、処方カスケードと呼んでいる。そして、薬を増やすのは簡単でも、薬を減らすことは、実に手間がかかり、困難で、かつ経済的インセンティブがないということも明らかになった。かくして、この議論を受けた平成28年度改定においても、病院、診療所、薬局への報酬について、様々な内容が盛り込まれることになったし、このことは良かったと思う。

しかし、社会を変えるためには、理念が必要である。薬を減らすことは、なぜいいのか、それによって何を充実しようとしているのか、そういう議論が必要だと感じていた。そこで思いついたのが「薬から食へ」というキャッチフレーズであった。(2015年8月22日の日本医事新報参照)。患者の食べたいという願いを優先して考え、そのために専門家が駆使する技術を重点的に評価する。それこそが、日本の医療を患者中心に変えていくことにつながるのである。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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