こくほ随想

こくほ随想

疾病の連鎖を断つ保健事業

医療保険者の保健事業は、健康な状態である人の健康増進事業と高額医療防止のための保健事業に区分することができる。前者は公衆衛生の基本的な考え方に基づいて、長く実施されてきた事業である。これに対し後者の高額医療防止のための保健事業とは、高度の異常がみられる未治療者や治療中であっても高額医療に結びつく可能性が高いコントロール不良の人に、積極的な支援を行って高額医療の発生を防ぐ考え方に基づく事業で、その重要性が近年強調されてきている。

その中でも糖尿病性腎症には人工透析などの高額な医療が必要となるため、全国レベルで対策が推奨されており、透析となる可能性の高い被保険者を抽出して、生活習慣の改善などを通じ透析導入の時期を遅らせるための保健事業が実施されている。

糖尿病の合併症は、血糖のコントロールが十分でない期間が長く続くことにより進展すると考えられている。したがって合併症の進展は罹病期間と強い関連があり、腎症などの合併症はいったん進行すると元の状態に戻すことは困難である。言い換えると合併症は徐々に進行する病気だと考えることができる。また糖尿病の合併症の進行は、その人の過去の治療状況を反映することも知られている(レガシー効果)。治療初期のコントロールが良ければその後の合併症を予防でき、逆にコントロールが悪い状態だとその後の合併症が起こりやすくなる。

レガシー効果に着目すると、罹病期間が長く合併症の可能性が高くなった人だけに保健事業を実施するのでは、糖尿病の合併症予防には不十分だといえる。治療開始の初期から対策することで、はじめて「糖尿病→糖尿病性腎症、脳卒中、心筋梗塞」などの重大な疾病の連鎖を断つ保健事業が可能となる。そこで糖尿病の治療初期から、合併症を予防する取り組みを行う考え方が成立する(下図)。治療中の糖尿病患者の名簿を作成管理して、治療を開始して5年以内、さらに5年ごとに事業を実施する。被保険者の加入期間を通じて糖尿病の合併症予防を系統的に行うものである。

糖尿病は高血圧と比較すると頻度が少ない。高血圧の頻度は高く、60歳以上では半数近い人が高血圧であり、その年代の40%程度が治療しているため、治療中の高血圧者全員を管理することはかなり大変である。それに比べて治療中の糖尿病患者は人口の数%程度だと考えられているので、コントロールの悪い糖尿病患者に限って5年に1回の保健指導を行うのであれば、現実的な数になると思われる。

疾病の連鎖を断つ保健事業を行うための第一歩は、現在治療中で健診未受診の被保険者の受診を促すことである。健診の結果があれば、血糖や血圧などの値から治療中の被保険者のコントロール状況を推定できる。また一度でも健診を受診し血糖などの異常所見があった人には、その後健診を受けなくても継続的にフォローする体制を持つことも重要である。

さらに糖尿病の治療開始時期を把握することも大切である。通常の健診では治療の有無のみで治療開始時期を調査しないため、追加的な調査をする。

健診の結果からコントロール状況を把握することができ治療期間がわかれば、対策をとるべき対象者を絞り込むこともできるだろう。

理想的な糖尿病の重症化予防

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

←前のページへ戻る Page Top▲