こくほ随想

フレイル予防

2016年6月2日に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」では、「元気で豊かな老後を送れる健康寿命の延伸に向けた取組」と銘打って、フレイル予防が本格的に取り上げられている。

フレイルという言葉は、日本老年医学会の考案した老年症候群の呼称で、英語で老衰や虚弱を意味するFrailty(フレイルティ)をもとにつくられた。診断基準は、体重減少、疲労感、筋力の低下、歩行スピードが遅い、身体活動が低いの5項目である。

似たような症候群の概念で、ロコモとかサルコという言葉も用いられている。ロコモは正式には、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)であり、日本整形外科学会が2007年に提唱した。関節や骨などの運動器の障害により、要介護になるリスクの高い状態になることをいう。サルコは正式には、サルコぺニアであり、1989年にローゼンベルグという学者によって「加齢による筋肉量減少」を意味する用語として提唱された。サルコぺニアは造語であり、ギリシャ語でサルコ(sarco)は「筋肉」、ぺニア(penia)は「減少」を意味する。

ロコモやサルコが身体機能的な概念であるのに対し、フレイルは精神心理的、社会的な側面も包含する広範な概念として提唱されている。今後、メタボ予防と同じようにフレイル予防が人口に膾炙(かいしゃ)していくことになろう。

これまで健康寿命の延伸に関しては、40歳ぐらいの壮年期からの生活習慣病予防に重点が置かれてきたが、今回の総活躍プランでは、主として後期高齢者が対象になるフレイル予防が前面に出てきている。

具体的な施策としては、専門職による栄養、口腔、服薬などの支援、運動活動や会食など多様な社会参加の機会の拡大、運動・スポーツを取り入れた介護予防のプログラムの充実などがあげられている。

また、介護サービスについても、「自立支援・介護予防に取り組む先進的な自治体の取組の全国展開」ということで、要介護認定率が改善している和光市や大分県の先進的な取組を全国へ普及させることが念頭に置かれている。

健康寿命とは、2000年にWHOが提唱した概念で、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義される。そして、政策目標は、単に健康寿命の延伸ではなく、平均寿命と健康寿命との差、つまり日常生活に制限のある「不健康な期間」を短くすることに置かれている。生活習慣病予防や介護予防によって、平均寿命と健康寿命の差を短縮し、個人の生活の質を維持し、社会保障負担の軽減を図れないかということである。

しかし、過去の実績では、必ずしも、「不健康な期間」は短くなっていない。厚生労働省の発表では、2001年には、男性の平均寿命78.07に対し健康寿命は69.40でその差の「不健康な期間」は8.67、女性の平均寿命84.93に対し健康寿命は72.65でその差の「不健康な期間」は12.28である。これが、2013年には、男性の平均寿命80.21に対し健康寿命71.19でその差の「不健康な期間」は9.02、女性の平均寿命86.61に対し健康寿命74.21でその差の「不健康な期間」は12.40である。このように健康寿命が延びても、平均寿命もそれに伴って延びるので、「不健康な期間」も長くなってしまっている。

一億総活躍プランでは、「健康寿命が延伸すれば、介護する負担を減らすことができ、高齢者本人も健康に暮らすことができるようになる。」と記されている。「不健康な期間」が短くなることを想定しているのだろう。「不健康な期間」が短くなるということは、要介護の高齢者数が減少し、ひいては、介護人材不足の解消にもつながっていく。フレイル予防の本格的な普及がこのような結果を生むことにつながることを期待したい。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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