こくほ随想

「新たな社会的装置としての 地域包括ケアシステム」

これから45年で高齢者を主とした社会に合致したシステムが創られなければならないことは、平成二十四年に国立社会保障・人口問題研究所が示した推計によって2060年頃に生産年齢人口割合が63.8%から50.9%へと減少するのに対して、老年人口の割合は23.0%から一貫して上昇し、39.9%を占める社会となることが予測されていることからも明らかなことといえる。

地球上の動物は、概ね生殖年齢を超えると死ぬわけだが、生殖を終えた人々を全人口の3分の2近くも含む社会をこれまで人類は経験しておらず、この新たに迎える社会における常識やルール、慣習、これらに通底する社会規範をどのように創っていくかが、これからの大きな課題となる。

この新たな規範が、社会の構成員の一人一人の幸福を前提とすることは言うまでもない。しかし、これまでの大半の日本人が概ね60歳くらいまでは「子供を産み、次世代を育む」とか、「働いて、社会を支える」という生産性を高めるという目標を持って生きてきたことに対し、60歳以降の人生の目標、あるいは生き方については、それほどはっきりしたモデルが示されてきていない。

したがって、例えば、現在、年金にはモデル世帯における給付額等というものも存在するが、おそらく、今後はかなり多様な生き方が想定され、これから創られる社会にこのようなモデル世帯という考え方が合致しうるかについては再考が求められるようになるだろう。

「地域包括ケアシステム」は、日本における社会保障制度の制度疲労を補完する社会的装置として創られ、このシステムには、「community-based care」と「integrated care」という2つのコンセプトが包含されている。

これは、地域レベルで健康・医療・介護・福祉等の社会的サービスの機能の統合をすすめることをめざすシステムであり、多くの先進国の医療政策分野で採用されている integrated care という仕組みを包含している。これは、医療と介護、福祉等のサービスを統合することで、慢性疾患を抱える高齢患者へのサービスを適正化しようとするシステムといえる。

高齢患者の特徴は、単一疾患、単一エピソードでなく、複数疾患、複数エピソードを持つことにある。しかも疾病の予後においても治療が継続されることや、障害による何らかの支援が必要とされるというように、死亡に至るまで疾病発症のリスクが高く、いったん急性期疾患が治癒しても、長きにわたる介護や生活の支援が必須となる。だからこそ医療だけでなく、介護や福祉等を複合したサービスの提供を必要とすることが前提となる。

一方、これら高齢患者を支えるための社会保障給付は現役世代からの保険料や税負担によって賄われてきた。しかし、昨今のわが国の公的債務残高はGDPの2倍を超える水準となり、過去120年間で太平洋戦争時を超える最悪の水準に達し、その持続性が危ぶまれている。

integrated care は、医療体制の低パフォーマンスの改善を目的とするサービス提供体制のデザインのひとつとされており、高齢患者に対する医療保障制度改革の切り札として登場したという経緯がある。

この integrated care については欧州委員会(European Commission)が、かなり早くから推進すべきとの提言を示してきた。そして、2000年には、WHOがこのシステムの目標を、患者あるいは利用者のケアの継続性(continuity)を担保し、そのサービスの質(quality)を改善し、成果(outcome)をあげることであるとし、integrated care のシステム化によって、医療・介護サービスの提供を効率化できる可能性があるとしたことで急速に広がってきた。日本における integrated care の導入もまた「効率化」を目的としており、同じ文脈上にあるといえる。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

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