こくほ随想

必要とされる年金保険制度の改革

これまで人々が必ず迎えることになる、老いや死に対するリスクへの対応のために整備されてきた国家による医療や介護保障制度、民間の生命保険制度における現状と課題について述べてきた。

本稿では、いわば長生きのリスクに備えるために創られた年金保険制度について、米国の公務員年金制度の現状や日本の年金保険制度に対する国際的な評価について紹介する。

米国では全米50州のうち、年金に関する深刻な積み立て不足を抱える州が20州以上あり、とくにカリフォルニア州ではこのような不足が10年間で30倍に膨らんだ。また、イリノイ州では、2013年に州議会で可決された公務員年金改革法がイリノイ州最高裁において、退職手当の削減を禁じた州憲法に違反するとした判決を受けて、公務員年金改革はほぼ頓挫している。これは、オレゴンやアリゾナ州も同様の状況にあり、いずれの州も改革が難しい状況にある。

イリノイ州の公務員年金制度には約70万人(州民の5%)が入っており、州最大の教職員退職年金制度(40万人)の支給額は年平均で5万1千ドルと現役平均年収の9割近い水準であるというが、問題は年金の支払いに備えた積立金が1110億ドルも不足し、年金財政の健全性を示す積立率は43%で、これは全米において最低であり、安全圏(80%)の半分となっていることにある。

このような米国の公務員年金問題は州政府による長年の放漫財政や積立金の流用が主な原因とされる。しかし、減額を軸にした改革法は違法とされることが多く、このまま年金制度改革ができなければ、州政府の財政破綻の可能性が高く、増税や公共サービスを縮小するしかない。年金問題は「米国の時限爆弾」と呼ばれ、ギリシャ型の財政破綻を米地方政府で招きかねないと言われている。

一方、ドイツの保険会社アリアンツは欧州各国年金制度の存続可能性を示す指標PSI(Pension Sustainability Index)を定期的に発表している。PSIとはDemographics(人口統計から得られるデータ)・Pension System(年金支給開始年齢や所得代替率など制度の設計内容)・Public Finance(対GDP債務残高など国の財政状態)の三要素をもとに、公的年金の健全性を評価するものである。

日本は、高齢化と国の債務残高が問題とされ、2014年は48位であったが、この順位は、実質的には財政破綻しているとされるギリシャ(43位)よりも低い。

日本の国民は、年金保険改革も医療保険改革と同様に喫緊の課題であることを強く認識しなければならないのである。

2015年度の国の一般会計予算で社会保障費は社会保障関係予算31兆5千億円と政策経費の43%を占め、25年間で3倍近くに増えた。この債務の増加は、2020年代にはデフレ脱却による金利上昇を招き、利払い負担を増加させることになる。

しかも、団塊世代が後期高齢者に移行することで医療・介護費はさらに膨らむが、生産年齢人口は減少し、これによる経済成長率は低下する可能性が非常に高い。

このため、政府は年金支給開始年齢の引き上げや、高齢者の医療費の自己負担割合を30%にするといった抜本改革を推進したいと考えている。

どこまで社会保障制度を見直し、税収を増やせるかという健全化計画の策定はスタートにすぎず、さらなる取り組みが必要とされているのである。

人は「老、病、死」へのリスクを分散するために保険という仕組みを発明した。だが、今日、いずれの保険制度も制度疲労を起こしており、抜本的な改革が必要とされているのである。

このような状況の下で新たな社会的装置として保険に加えて考えられてきたのが「地域包括ケアシステム」である。

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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