こくほ随想

子供のホスピス-ヘレンハウス-

イギリス、オックスフォードにある子供のホスピス、ヘレンハウスを訪れ、施設の創設者のフランシス(Sister Frances Dominica)さんに会って、話を聞いた。

1978年に1人の若い女性からフランシスさんのところに電話があった。彼女の知らない人であった。2歳の娘、ヘレン、が命に関わる重病だと言って、彼女に会って話をしたいと言った。それからヘレンが病院で過ごした6か月の間に、彼女らはいい友だちになった。ヘレンは入院する数週間前までは元気で幸せな子供であった。でも大きな脳腫瘍が見つかり、悲しいことに回復の見込みはなかった。病院での6か月間にできる限りの手は全て尽くした。最後には退院させ、娘を家に連れて帰り、自宅で愛情をこめて世話をした。その間、何週間、何か月と経つうちに、ひとりぼっちという気持ち、どのくらい生きられるのかも分からないという不安感が、どんなにヘレンを悲しませているか、ヘレンのケアが家族にいかに大変な負担を強いているかが、フランシスさんに分かってきた。それである日、フランシスさんは、勇気を奮って、時々ヘレンをフランシスさんのところへ来させられないかと両親に頼んでみた。そして時々ヘレンは2、3夜を過ごしにフランシスさんのところへ来るようになった。両親は、それほど頻繁にフランシスさんの助けを求める必要はない、ただフランシスさんのところへ行ける、フランシスさんがいるということが分かっているだけで、何週間もヘレンが頑張ることができると言った。

1980年2月、他の子供のことについてフランシスさんは思いをめぐらせていた。そしてヘレンの両親とともに、このハウスの計画を立てた。最初にアイディアを思いついてから実際に必要な資金を用意して、このハウスを建て、オープンするまで2年10か月かかった。そして1982年11月にヘレンハウスがオープンした。世界で初めての子供専用ホスピスの誕生である。

フランシスさんは、まず大事なことは、家族こそ、子供のケアの専門家であり、誰よりも子供のことをよく知っている、だから家族の言うことに耳を傾け、家族から学ばねばならないと言った。そして彼女は「最も大事なのはコンパニオンシップの心です」と言った。互いに友人、仲間であるという、コンパニオンの心が人々の日常の中に定着しているからこそ、ヘレンハウスが地域に根づき愛される施設として活躍している。

ヘレンハウスでは、何時でも、8人の子供たちが、自分だけの部屋を利用することができる。家族や友人と一緒に過ごすことができる。ハウスのどの部屋にも、おとぎ話に出てくるような世界が用意されている。子供たちを囲む人たちの気持ちがいっぱい溢れている。自立した人格者としての成人のケアでは、当事者の自立、自助の気持ちを軸に、社会が彼らの生活を支えなければならない。しかし子供では両親や家族が懸命のケアを行う。その場合、家族によるケアを行えば行うほど、子供たちは地域から孤立して、孤独におちいる。孤独の世界から子供たちを解放する。それが子供のホスピスの最大の役割である。

ヘレンハウスで子供が亡くなった時に遺体が安置される部屋の前に、亡くなった子供たちの名前を記した記録帳が置かれていた。子供の名前が、きれいな字でていねいに書かれていた。それを見ていると、子供たちがどんなに大事にされていたか、はっきり分かった。

ヘレンハウスの運営に、フランシスさんは政府からは1銭ももらっていない。そのため年に150万ポンドの寄付を集めなければならない。このような施設が、みんなの寄付で運営されている。こんなにすごいことはない。わが国では、病院の一部ではない、地域に根ざしたヘレンハウスのような子供のホスピスは、未だに存在していない。それでいいのだろうか。一人前の国といえるのであろうか。

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

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