こくほ随想

西洋医学の歩み-パスツールの功績-

人類の免疫学の祖とされるルイ・パスツール(1822-1895)が、1864年4月7日に「ソルボンヌ夜間科学講演会」において行った話を、次のような言葉で終えている。

「さて、皆さん、われわれが採り上げなければならない立派な題目がここに一つあると言えます。発酵の原因をなし、また地球の表面で生命をもっていたあらゆるものの腐敗と解体の原因をなす、この小さい生物の中のあるものが、天地万物の総体的調和のうちにおいて演ずる役割に関する問題がこれであります。この役割たるや、量り知れぬほど巨大であり、驚異的であり、まさにわれわれを感動せしめるものがあります。」

この「小さい生物」の役割が「量り知れぬほど巨大であり、驚異的である」という言葉は、きわめて的確に、その後の「小さい生物」、つまり「細菌」をめぐる、医学世界における大きな動きを言い当てているように思う。

パスツールが天才的な多数の実験を行ったということは、彼がこの「小さい生物」を培養するのに、きわめて卓越した技術を持っていたということを示している。

ニワトリ・コレラという病気がある。これは家きんの伝染病で非常に重篤な病気である。1879年の夏、パスツールは、歴史的な実験を行った。夏休みで栄養補給をできていない培養基があった。その培養基のニワトリ・コレラ菌をニワトリに接種したが、ニワトリは病気を起こさなかった。この時、パスツールの天才的なひらめきがあったと思われる。先にニワトリ・コレラ菌を接種したニワトリと接種していないニワトリの二種類のニワトリに、本物の新しい培養菌の接種を行ったのである。結果として先に菌を接種したニワトリは元気で、初めて菌を接種したニワトリが全部死んでいることを発見した。このパスツールのニワトリ・コレラの実験は、人類の医学の歴史を飾る実験の中でも、最も偉大な実験のひとつではないかと思う。

天然痘は、伝染力の強い、非常に怖い疾患である。牛の痘瘡に罹ったことのある人は、その天然痘に罹らないということからヒントを得て、ジェンナー(1749-1823)が牛痘による種痘を1796年に行った。そういうことが先にあって、人類の天然痘予防に輝かしい成果を上げていた。しかしそのジェンナーの種痘は、経験的にその効果がわかっていたが、何故、罹らないのか、その理屈はわかっていなかった。その理屈をパスツールはニワトリ・コレラの実験によって明らかにした。つまりパスツールのニワトリ・コレラの実験によってふたつのことがわかった。

ひとつは、人間は一度病気に罹ると、その病気に罹ったことを記憶しているということである。人間の頭脳に記憶ということがあるように、身体にもまた記憶ということがあるということである。そしてふたつには、その憶えているということによって、人間は同じ病気に罹らなくてもすむということである。

これらのふたつの内容からすると、人間が病気に罹らなくするために大事なことは、弱い病気の原因物質を発見し、弱い病気をつくることである。ジェンナーの種痘による牛痘への感染は、人間にとって、偶然、その弱い病気への感染であったということになる。

この弱い病気に罹ることによって本物の強い病気に罹らなくてすむ、病気を逃れることができるという考え方、これが「免疫」の考え方である。その弱い病気をつくる物質のことをパスツールはジェンナーに敬意を表して、ジェンナーが牛痘のラテン名、Variolae vaccinaeのvaccinae(牛のという意味)からとってつくったワクチンという名前で呼んだ。パスツールは、誰でも知っている人類の恩人であるが、彼の行った偉大なことを一言でいうとすると、「弱い病気を初めてつくった人」ということになると思う。
(文献:L.パスツール著山口清三郎訳『自然発生説の検討』岩波文庫、1970年)


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

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