こくほ随想

静かなる飢餓の波紋

今までにも何度か世界的な飢餓人口の増大にふれましたが、事態は一層、深刻化しています。FAO(国連食糧農業機関)の発表では今年、世界の栄養不足人口(飢餓)は08年比で1億人以上増加、10億2000万人に及ぶ見通しです。理由は、世界経済の減速。結果、貧困が拡大して飢餓人口の急増という図式です。08年の穀物生産は過去最高となりましたが、所得減少や失業などで貧困層の生活が一段と悪化し、高値に張りついたまま食料入手が出来なくなっています。

10億人超が飢餓に瀕するということは人類の6分の1に及びますので、『世界の平和や安全にとって深刻な危機。飢餓と貧困に苦しむのは多くが開発途上国の農家である(FAO/ジャック・ディウフ事務局長)』という指摘を私たちも直視すべきでしょう。この場合、「私たち」とは誰でしょうか。豊かなはずの先進国は、果して例外と言えるのでしょうか。

米国では「フードスタンプ(低所得者対象の食料品配給制度。政府が定めた貧困基準を下回る世帯に対し、食料品と交換できる金券を配付)」の受給者は、7月時点で1626万世帯延べ3585万人に達します(農務省)。米国市民の10人に1人が配給制度で糊口をしのいでいるわけですが、ことは食料問題にとどまりません。市民の6人に1人は無保険者(医療保険の未加入者4630万人)であり、『一人当り医療費はどの国よりも1.5倍以上高く、保険料は賃金の3倍のスピードで上った(オバマ大統領 9/14 日経)』結果、毎日1万7000人が保険を失っています(財務省試算)。パンを買うか薬を買うか、究極の選択を迫られる人が激増の時代です。

超大国アメリカの影―日本は対岸の火と見過すことができるでしょうか。

「08年、国民生活基礎調査(厚生労働省)」を見ると愕然とします。07年の世帯当り平均所得556万2000円は、1989年以降の最低水準。世帯当り所得のピークは94年の664万2000円で、ほぼ一貫して低下傾向にあり07年数値は88年並みです。つまり、ふた昔前と比べて108万円ダウンしているわけです。当然ながら『生活が苦しい』と答えた世帯は57.2%に及び、11年連続で5割超に。

しかも所得が平均以下世帯は6割を占めているほか、多くの世帯の実感に近い中央値は448万円ですが、一方で400万以下の世帯は44.3%に達します。さらに年収200万以下の人が1000万人を突破、生活保護受給者は約172万人にも。また、高齢者世帯の平均所得は298万9000円と低迷し、経済開発協力機構(OECD)による国際比較でみても、日本の高齢世代貧困層(所得分布における中央値の2分の1未満)は22%と、OECD加盟国平均13.3%を大きく上回っています。

紙幅の制約で日米以外にはふれられませんが、欧州でも貧困層は拡大しています。ともあれ、日米両国に拡る貧困―静かなる飢餓の前では、貧困を途上国問題と捉えるのは最早、幻想にすぎません。同時に、世界と日本保健の喫緊課題も明確です。再三指摘している日本人の低栄養問題の伏流水は、紛れもなく経済に端を発しますので、今後のヘルスプロモーションは座標軸の一方に「貧困」を据える必要があるでしょう。

以前お伝えした「最も安価で栄養バランスを充たす食品の組合せソフト開発」の重要性が一段と高まっています。日本発の健康寿命延伸モデルの合言葉は、さしずめShare Your Heartでしょうか。

 

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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