こくほ随想

『スウェーデンの認知症ケア」

先日、スウェーデンを訪れ、認知症ケアについて取材する機会があった。スウェーデンで高齢化率が10%を超えたのは、日本はまだ5%前後のときの1950年代。認知症は日本より20年ほど早く、1980年代には社会問題化した。少人数ごとに個別・専門的なケアを行う「グループホーム」が考え出されたほか、1994年には、この年を「認知症の年」と名づけ、認知症に対する偏見を取り除き、正しい知識を与えようというキャンペーンが国営薬局を中心に行われた。

そうした歴史を持つスウェーデンの認知症ケアの「いま」を取材して、特に印象深かったことが2点ある。一つは、「認知症ケアを『緩和ケア』の視点で考える」という発想をしていた点、もう一つは、人生の早い時期からの「認知症教育」を実践していた点だ。

「緩和ケア」と「認知症ケア」との結びつきを意外に思う人は多いだろう。緩和ケアといえば、ガン患者の痛みを抑えるものであり、昔は末期ガンに行われていたが、今ではガンの初期から行われるようになってきた。とはいえ、認知症との関係性は薄い。

しかし、「治癒不能な病気であること」「完治できなくても、生きていくうえでの障害(痛み、苦痛など)を取り除き、生活の質をできるだけ高めること」というケアの観点からみれば、緩和ケアと認知症ケアには大いなる共通点がみられる。

認知症の研究や対策が進むにつれて、緩和ケアで得られた基本理念--(1)「薬、療法など様々な手段を使って本人の症状を緩和する」(2)「本人だけでなく家族も支援する」(3)「本人、家族、関係専門職のコミュニケーションをよくする」(4)「関係専門職同士のネットワークを構築する」--が認知症にも生かせるということがわかり、この4つの理念を応用した認知症ケアが実践されてきた。これはかなり概念的、哲学的な話ともいえるが、本人のみでなく家族まで支援の対象者に位置づけ、包括的なケアを行うことの重要性は理解できる。現地では、実際に介護にあたっている准看護師や介護職などがこの概念を上手に咀嚼し、ケアの現場に生かしていると聞いた。

もう一つの「認知症教育」では、認知症がどんな病気かをわかりやすく描いた子供向け絵本が幾つか出されており、小学校の授業などで使われている。

その一つ、「バッレ、おばあさん、バニラソース」(日本語版は「バニラソースの家」のタイトルで出版)は、バッレ少年とその祖母エミリアの交流を通じて認知症の特質を描いたものだ。エミリアは、突然、マットの上を歩くのを嫌がり始める。調べてみると、マットの暗い色が、深い水の底を思わせて恐怖心を掻きたて、その上を歩くことができないのだとわかる。また、認知症になっても、孫を愛しく思う気持ちに何ら変わりはなく、周囲が愛情を持ってゆったり接すれば、認知症は決して怖い病気ではないことも描かれている。

絵本を教材にした小学校でのグループワークも行われ、そこから子供たちは様々なことを学ぶことができる。人生の早い時期から「老い」に関する教育を受けることは、幾つものメリットがある。

まず、自分の祖父母などが認知症になった際、不必要に病気を恐れずに済む点。病気の発見が進み、最近は40、50代、早ければ30代で認知症と診断される「若年性認知症」が増えているため、場合によっては小学生の子供たちの親が認知症となるケースもある。さらに、認知症、とりわけアルツハイマー病型認知症は早期発見・早期治療が必要なため、若いころから認知症教育を受けていれば、早期受診もしやすくなるとのメリットもある。

早くから取り組みが始まったスウェーデンの認知症ケアは、日本にも影響を与えてきた。その内容は”進化“を続けており、まだまだ参考になる部分が多いように思われる。

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