こくほ随想

「若年性認知症」

先日、久しぶりにDVDを見た。 映画のタイトルは、『私の頭の中の消しゴム』。若年性認知症を扱った韓国映画だ。

社長令嬢スジンは、大工のチョルスと出会い、若き二人は恋に落ちる。周囲の反対なども押し切り結婚、甘い新婚生活が始まるが、やがてスジンの行動がおかしくなり、診断の結果、若年性のアルツハイマー病であることがわかる??。

ヒロイン演じる韓国の若手俳優ソン・イェジンの可憐さ、愛らしさと、その夫でヒーローを演じるチョン・ウソンの男らしさがあいまって、韓国、日本でも大ヒットとなった。

映画の中のスジンは恐らく20代後半。そんなに若くして認知症になるのかと思う向きもあるだろうが、65歳以上の高齢者の発症に対し、18歳?64歳の発症は、若年性認知症と呼ばれる。もちろん、年をとるほど発症率は高まり、とりわけ65歳以上になれば認知症は他人事ではないことは、最近、よく知られるようになってきた。

ちなみに、65歳以上の認知症患者は厚生労働省の推計で、現在、約170万人。これが30年後には376万人、65歳以上の10人に1人がなると予測されている。一方、若年性認知症の患者は、全国に10万人前後いるのではないかといわれているが、最近、公的な調査が行われていないだけに、その実態はよくつかめていない。

若年性認知症が最近、人々の関心をひくようになった背景には、日本の小説とその映画化の影響もある。

第18回山本周五郎賞を受賞した小説家荻原浩さんの作品『明日の記憶』。主人公は広告代理店に勤める50歳の佐伯雅行。働き盛りで、充実した毎日を送る彼を、若年性アルツハイマー病が襲い、会社生活はもちろん、家庭生活にまでさまざまな影響が出る。原作を読んだ俳優の渡辺謙さんが映画にしたいと決断、今年5月に公開された。

若年性認知症、とりわけ小説『明日の記憶』がよく読まれた背景には、中年になれば、誰しも老化現象を感じ、「認知症は他人事ではない。明日は我が身かもしれない」という実感があったからだと思われる。ただし、実際に若年性認知症患者や、患者を抱えた家族の話を聞くと、現実はもっとつらく、厳しいもののようだ。何より、働き盛りの発病は、ただちに家計に大きな影響を与える。子供がまだ小さかったり、独り立ちしていなかったりするケースも多い。病気への無理解や、公的なサポートはほぼ皆無、という現実が家族らに追い打ちをかける。結局、患者家族同士が連帯して声をあげていくほかないと、各地で若年性認知症患者を対象にしたデイサービスなどがぽつぽつ見られるようになってきたというのが現状だ。

この4月からの介護報酬改定で、若年の特性に応じた介護を行うデイサービスに対し、介護報酬が上乗せされた。若年性認知症への対応をうたった点では、小さな一歩といえるだろう。

働き盛りは、心身の調子がおかしくても、仕事の忙しさなどにかまけて、ついつい、受診が遅れがちだ。統合失調症やうつ病、更年期障害などの症状と似ていることもあるだけに、正確な診断を下せる医師の養成も必要だ。さらに、働き盛りが発病しても、家族が精神的に追い込まれないよう、相談できるサポート体制の充実も望まれる。

日本人の平均年齢が50歳を超えるという時代の到来を前にして、日本の社会を認知症対応にすることが求められている。その際、高齢の認知症ばかりでなく、若年性の認知症のことも忘れずに、サポート体制を築いていくことが必要だ。

『私の頭の中の消しゴム』も、『明日の記憶』も、他人事の話ではない。制度・政策面での支援はもちろん、社会全体がそう思い、関心を持つことが重要だ。

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