こくほ随想

「医療制度改革(1)」
―経済成長か医療保障か―

前回改革の宿題である医療制度改革

昨年十二月一日、政府・与党によって「医療制度改革大綱」が決定され、今回改革の骨格が固まった。今回の改革は、前回の平成十四年改革の宿題に対する回答である。当時は、バブル崩壊後の不況がピークに達した時期で、景気は低迷し、失業率は高止まりという状況にあった。このような経済状況の下で、保険料収入は減少する一方、医療費は増大し続け、医療保険は大幅な赤字に苦しんでいた。特に政管健保の場合、平成十四年度末には積立金が枯渇し、医療費の支払いにも支障が出かねないという危機的状況にあった。

 

前回の改革は、このような状況の下で行われた。当初、高齢者医療制度をどのように構築するかが焦点となったが、これについては関係者の意見がまとまらないため先送りされた。結局、被用者本人自己負担の三割への引上げ、診療報酬の引下げ、健保の保険料引上げのいわゆる三方一両損改革が行われた。

 

しかし、これに対しては、国民に負担を転嫁する単なる財政対策ではないかといった厳しい批判があった。このため、改正法の附則で、医療保険制度体系の抜本的な改革について平成十四年度中に基本方針を策定し、おおむね二年を目途に所要の措置を講ずべしとの宿題が出されたのである。

 

医療費をいかに抑制するか

今回の改革では、この宿題に答えるため、医療費適正化、新たな医療保険制度体系の実現、そして診療報酬等の見直しの三つを柱に据えている。今回は、その中の医療費適正化について考えてみたい。

 

今回の改革案作成に際しても、患者負担の引上げが一つの焦点となった。ただし今回は、前回のように目先の保険財政救済のためではなく、将来の医療費を抑制し、経済の活力を維持するためである。これは、総理大臣の諮問機関である経済財政諮問会議の民間議員(経済学者や財界人)が強く主張した。いわく、医療制度の持続可能性を確保するためには医療費の伸びを経済成長に合わせなければならず、そのためには、大幅に患者負担を増やし、診療報酬を引き下げるべきだ、と。

 

結局、この主張は、一部だけが取り入れられた。五年程度の医療費の見通しを示すが、これはあくまでも目安とする。そして、医療費適正化策としては、生活習慣病対策や長期入院の是正といった中長期的な方策と、高齢者の患者負担の引上げ、診療報酬等の引下げという短期的な方策を組み合わせることにした。

 

医療費の増加は本当に問題か?

ここでまず問題となるのは、将来の医療費負担が本当に経済の足かせになるのか、ということである。経済を左右する要因は医療費以外にも様々なものがある。また、日本の医療費は、世界的に見ると決して高い方ではなく(総医療費の対GDP比は一七位)、逆に医療費が一番高い米国は経済でも世界一である。それを考えると、民間議員の主張がどこまで正しいのか、疑問になる。

 

次に、経済成長のためなら患者負担を増やしてもよいのか、ということも問題となる。患者負担が増えれば、病気が重くなってからしか病院に行かなくなり、むしろ高くつくのではないか、という反論がある。他方、経済が悪くなれば十分な医療すら提供できなくなり、結局、国民の健康も守れなくなるという再反論も可能であろう。

 

結局は、国民の選択?

このように考えると、経済成長と医療費負担の関係に正解はなく、国民がどちらを選ぶのかということが鍵になる。しかし、経済成長をとるか、医療保障をとるか、と問われても、どちらか一方とは答えにくい、できれば両方をとりたい、と思う人も多いはずだ。そうなると、可能な範囲で患者負担を増やし、診療報酬を減額し、経済にもある程度配慮をしようということになる。今回の改革案は、これを選択したといってよい。

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