国保・学生・社会保障

今月から、「国保随想」の欄を担当することになった増田雅暢(ますだ・まさのぶ)と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

今回は、連載の第1回目ですので、最初に自己紹介をいたします。

 

私は、1981年に厚生省に事務官として入省しました。所属部局はほぼ2年ごとに異動しましたが、業務は企画法令担当ということで、部局や担当する法律は変わっても、仕事の進め方の基本は変わりません。

国民健康保険法との出会いは、入省後7年目に異動となった国民健康保険課の企画法令係長時代のことでした。当時は、退職者医療制度の加入者の「見込み違い問題」への対応、資格証明書の交付等による保険料徴収対策、そして国保財政の安定化対策が急務の課題でした。

有識者による国保問題懇談会の開催、各省折衝、特に自治省と大蔵省との調整、国保中央会をはじめ関係団体との協議等を経て、1988年の国保改正法の成立に至りました。これまで「国保随想」を執筆されていた尾形裕也九州大学教授が、私の直接の上司でした。

 

改正作業がピークに達した12月から3月頃までは、文字通り「夜を徹して」の業務となり、深夜3時から自治省担当者と協議といったスケジュールが連日続きました。しかし、この時創設された保険基盤安定制度や、高医療費市町村の安定化計画の策定・推進、高額医療費共同事業の充実という施策が、その後も国保制度の中で生かされているので、苦労した甲斐があります。また、市町村に出向いて国保関係者の方々と意見交換をして、実際の国保運営の労苦に触れることができたのも良い経験でした。

その後は、岡山市で民生部長として約3年間勤務、厚生省復帰後は、高齢者介護対策本部で介護保険制度の創設検討に従事、続いて、九州大学法学部の助教授として立法学や社会保障法を担当しました。厚生労働省統計情報部情報企画室長の時には「電子政府」の旗振り役でした。現在の職場は、国立公衆衛生院と国立医療・病院管理研究所が統合・再編して昨年4月にオープンした厚生労働省の研究機関です。

 

さて、九州大学の教官時代には、学生達の行動や考え方、感性と接することができました。学生時代からほぼ20年ぶりに大学生活に戻って驚いたことのひとつが、若い世代である学生達が、年金や医療、介護保険等の社会保障制度に強い関心を持っていることでした。

自分の時代のことを思い返すと、20歳頃に将来の年金や医療保険制度について考えた記憶はありません。大学の授業でも社会保障制度が話題になることはほとんどありませんでした。

 

しかし今では、新聞やテレビで毎日のように社会保障関係のニュースや記事が出ています。書店に行っても、社会保障関連の本のスペースが大きくなっています。社会保障を論ずる経済学者の本も増えました。こうした環境では、学生達が社会保障に関心を持つのも自然なことですし、社会連帯の理念を基礎とする社会保障制度を維持していく上で、若い世代が関心を持つことは望ましいことです。

けれども、社会保障への関心が高まり、経済や国民生活におけるウエイトが高まっているにもかかわらず、年金や医療保険、介護保険など、社会保障は制度が難しいという声をよく聞きます。学生達も概して社会保障に対する基本的な知識に欠けている点が見られます。

 

そこで、この欄では、これから人口問題や、年金、医療、介護、福祉等、個別のテーマごとに、毎月関連の本(場合によっては映画)を2・3冊取り上げ、これらの解説をしながら、社会保障の課題と今後について考えていくこととします。

 

乞うご期待ください。

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